自由

 大学を卒業して、正式に社会から「社会人」と呼ばれるようになってから今日まで、給料をもらうときとか、会社の中で理不尽な思いをした時とか、初めて行く美容院やジムで職業欄に「会社員」って書く時とか、「社会人」を意識させられる度に、自分の働き方について考える。

 僕は一応は、とある会社に従業員として所属しており、社会から見たら「会社員」に値する。決められた時間に、決められた事をする、いわゆる「仕事」をしている。言い方を変えると、「働いて」いる。

 

 今回の記事の【お題】は「自由に働くって?」なので、その事について触れていきたいのだが、そもそも「自由」って何だろう。よく言われるものに、人間が持つ本能に抗える事こそが自由、という考え方がある。

 確かに。納得する。本能に抗えないということは、自分の意思や信念がないとも捉えられかねない。坂道を転がっていくボールのように、自分の意思とは関係ない物が自分の行動を決めてしまっている。本能のままの行動を取る、という事は不自由なのかもしれない。

 

 僕には尊敬する哲学者がいる。近代の哲学者、ジョン・スチュアート・ミルだ。「満足した愚か者よりも満足したソクラテスであれ」という有名なフレーズとセットで知っている人が多いかもしれない。

 彼の著書「自由論」で、彼は自由について「誰にも迷惑をかけないことであれば何をしても自由」と定義している。これまでは自由について「本能に抗える事」が一般的であった中、他とは違う考え方を持つ。

 自由な働き方も同じだと、僕は思う。誰にも迷惑をかけていないなら、どんな働き方でもいい。何でもいいんだよね、別に。大多数と同じ働き方でなくても、先が想像できるような働き方でなくても。毎日楽しく過ごすことが出来るだけで、最高じゃん。

 

 

 

 蛇足だが、どうして僕がミルを尊敬しているのかと聞かれたらこれだけが理由で、ミルが定義する自由のあり方が好きだから。僕が求める「自由」と同じだったから。

 

 

参考引用文献

J.Sミル(著)、塩尻公明・木村健康(訳)、(1971)、自由論、岩波文庫